夢を見た。
きっと目が覚めたら忘れてしまうだろう。

過去なのか未来なのかはわからない。分かるのは自分がとても幸せそうに笑っているという事。
誰かと一緒に微笑む自分の全身から幸福が溢れ出す。
何処なのかわからない陽の差し込む温かい部屋で。
窓の外から木の葉のざわめきが、オルゴールの音色のように心地よく、
入り込む太陽の光が、心を温める。懐かしさと切なさが同時にこみ上げる泣きたいほど幸せな空間。
隣で、笑ったり、ちょっぴり怒ったり、そんな表情が堪らなく愛おしい。
曖昧な世界で私も笑顔を向けて、嗚呼、此処が私の居場所なんだ、とぼんやり思った。
私の隣に、そこに在るのが自然なように、私の心に入り込んで来る貴方は誰?
必死に思い出そうとするけれど、なんだかそれすらもどうでもいいように思える。
隣にいるのに顔も声すらもわからない貴方と、私。
嗚呼、一生この夢から覚めなければいい。
この夢は今の私の願って止まない願望そのものなのかもしれない。
それ故にこんなにも愛しくて、苦しい気持ちが込み上げるのだろう。

だけど幸せってものはそう長くは続かないもので。
驚く間もなく、その世界は一気に遠くへ消え去り、突然視界が真っ暗になる。

闇が訪れた。

ねえ、闇は怖いよ。淋しいよ。お願いだから、独りにしないで。

頭の中を駆けめぐる。この感情は、記憶は一体誰のもの?

泣きそうなくらい温かくて、切ない。もどかしいくらい愛おしい。
だけどこの気持ちを言葉に、形にするのが難しくて、思わず瞳を閉じた。
怖い。
闇は私を狂わせる。

誰か―――

「なぁ」

ふいに静寂の中で声が響く。自分のものではない、第三者の声。
びくり、と体が強張るのを感じる。
「いい加減気づけよ。」
やっと一人闇の中から解放される、安堵したものの、耳にしたのは不可解な言葉。
闇の中では相手の声のみで姿を確認することは出来ない。
なので表情を伺うことが出来ないが、不機嫌そうなその声だけが響いた。
「どれだけ俺が譲歩してやってると思ってるんだ。
なのにお前はいつまで経っても気づこうとしねぇ。もうタイムリミットだ」
「タイムリミット?」
紡がれる声の主に心当たりはない。記憶自体が曖昧な現状では、それを考えるのも意味のない事かもしれないけど。
「ああ、もううだうだ出来る時間は終わったって事だよ。
お前だって望んでいたんだろう?

止まっていた時間が動き出すぜ」

もっとも前のお前だったら絶対に望みはしないだろうがな。
そうぼそりと呟いた言葉は、急に舞い始めた風にかき消された。

止まっていた時間?それはつまり記憶が

「記憶は時期戻る。嬉しいか?
最近のお前と言ったらそればっかりだったもんな。
全く皮肉なもんだぜ。状況が変わるとこうまで違うもんなのかよ。」

はははは、と声が愉快そうに笑う。
もし表情を伺うことが出来たのなら、その瞳は決して笑っていないだろう、冷え切った棘のある笑いが暗闇に響き渡る。
ちくり、と胸に突き刺さった。

「だがな、それを喜ぶか後悔するかはお前次第。
戻るのは記憶だけじゃねぇ。
覚悟は―――いや、お前にそれを聞くのは無意味だな。」

「どういうこと‥‥?」

お前の覚悟なんて最早関係ない程、お前は世界の運命に翻弄されているんだ。
世界の運命の前に、お前の覚悟なんて全く意味を為さない。

吹きつける風の強さが増していく。
この胸の中の不安も一緒に流していってくれないだろうか。

「今は知らなくていい。どうせ後で思い知るんだ。今はまだ‥‥」

声が徐々に遠のき始め、それと同時に思考回路もとぎれ始めた。
「ま、まって!!ど、ういう‥‥」
追いすがりたいけれど、そもそも姿が見えない。急に不安な気持ちがこみ上げてきた。
「そうそう、『あいつ』もとっくに痺れを切らしてるぜ。」
くくく、と再び愉快そうに笑う。
最後に意味深な言葉を残して声は途絶え、そのまま自分自身の意識も遠のいていく。

一番肝心なことを聞けなかった

夢の中でまで後悔するなんて

















programma3 deriva 2 - 漂流 -

















「最悪っ!!」

自分の声に驚いて目を開ける。途端に今までの暗闇から一転して、蒼。澄んだ澄んだ蒼が二つ、目に入った。
嗚呼、吸い込まれそうなんて思いながら、状況を未だ理解しない脳が何かの合図をしきりに送ってきた。
「あ……」
見覚えのあるこの色。それも身近な、自身大好きなこれは。
みるみる顔が火のつきそうなくらいの赤に染まった。そして
「ぎゃっ!」「うわっ!」
慌てて身を起こすと辺りにごつんと鈍い音が響き、頭部に激しい痛みを感じた。
そして、目の前に額を押さえ、声にならない声をあげうずくまる少年を見て、熱を帯びた頭がみるみるうちに冷めていく。
が真っ先に見た蒼はの瞳なわけで。
おそらく目を覚ます前から覗き込んでいただろうその距離は寝起きのの思考回路を狂わせるには近すぎる距離だった。
あの体勢で急に起きあがったらどうなるかなんて考える余裕なんて吹っ飛んでいた。
「…石頭って言われない?」
の後頭部がヒットした額を押さえるはいつものポーカーフェイスを歪ませていたから相当痛いのだろう。
「ご、ごめん」
「おい、今凄い音がしたけど何が……お!」
タイミング良く現れたタルがを見て驚いた声をあげる。
「やっと目が覚めたか!!お前5日も意識がなかったんだぜ!」
「い、5日もっ?!」
自身は大波に飲み込まれて海に沈んだのがほんの数時間前のような感覚だった為
タルの言葉に驚愕した。まさかそんなに経っていたとは。
「?どうしたんだ?」
額を押さえて無言でいるを怪訝そうにするタルをこっそり睨む。今は触れてもらいたくない。
黙ったままのの反応を待ちつつも恐ろしくて直視出来ず、今更のように後頭部がズキズキと痛んだ。
胃も痛いかもしれない。
「……最悪」
「「はい?!」」
らしからぬ発言に二人は固まり。
「……ってどういう事?」
そうして爆弾発言に固まる二人にふい、と視線を反らすとそのまま踵を返して歩いて行く
普段と違うオーラを醸し出すの背中を呆然と見送り、我に返ったときは既に姿が見えなくなっていた。
「あいつさ、お前が目を覚まさないから凄い焦ってたんだぜ。」
あのが慌てる姿なんて想像できるか?いや、全く出来ないと首を横に振って。
そういえば目を覚ました時に真っ先に視界に入ったはどんな表情をしていただろうか、と考えてみた。
「この五日間殆ど付きっきりで看病してたんだよ」
「うそ!」
タルが嘘をついている訳がないとわかっていながらも、そう問わずにはいられなかった。
「わ、私、ちょっと行ってくる!」
「おう、しっかり機嫌なおして来いよ!とばっちりはご免だからな!」
タルから少し私情の交じった激励を受けながら、が消えていった方へ走り出す。
流石に5日も寝ていただけあり、思うように走れず、体がふらつく。
「大丈夫か!」後ろからタルの心配そうな声が聞こえるが、先程のを思いだすと足を止める事は出来ない。

少し走ると同じく固まったケネスと、毛を逆立てたチープーがいた。原因は言わずもがな、はここを通ったのだろう。
ッ…、は…、どこいったっ?」
「あ、あっち!」
示されたほうには既に姿は見えない。急いで追いつかなければ。
「ありがとっ!」
砂浜の上はなんて走りにくいのだろう。切らした息を整える暇もなく足を動かした。
「なにがあったの〜?怒ってたよね?」
チープーの少し怯えた声を風がさらっていった。最早その言葉に応えるだけの余裕は少女にはなかった。


(ああ、私は馬鹿だ!)
何度も呪文のように繰り返しながら走る。
やがて見覚えのある赤いハチマキが風になびいているのを見つけて、ラストスパートをかける。
(お願いだから!)
背を向けている為、表情は読めない。だけどその後ろ姿は――
ッ!!!!」
心臓がはち切れそうなくらい苦しかった。

(おいていかないで……)




その背中に必死に手を伸ばした。


                                                            2007.1.1
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